November 25, Friday, 2016
<プレゼント>
  出産からようやく2ヶ月を越えた。その間に、和奈の誕生日も私の誕生日もあったし、お宮参りも里帰りも予定していたのだけれど、そんなどころではなかった。生後43日で、RSウィルスに感染した淳弘は、お宮参りよりも先に、生まれた病院に舞い戻って入院になってしまった。知り合いが、数年前に産んだばかりの赤ちゃんをRSウィルスで亡くしたのを聞いていたので、本当にひやひやした。幸い早めの受診で症状は軽く済んだけれど、それでも9日間の入院になった。まったく、和奈でも1歳からの入院三昧だったのに、なんと生後43日で入院だなんて、本当にこれから先が思いやられる。両親が高齢で、年を重ねるごとに両親も年を取るばかりなので、まだやれる今のうちにすべて済ませておいてやろうと思っているのだと、勝手な妄想をすることで、やり過ごすことにしている(笑。

 和奈は今月17日に5歳になり、私は22日に45歳になった。淳弘が生まれたとたん、小さくて壊れそうに感じていた和奈のことをとても大きく感じるようになり、言うことも一丁前に思えるようになった。そして自分が45歳だなんて、想像つかない域だったはずなのに、いとも簡単にクリアしてしまった。ちょうどこれくらいの年齢の時に母親が誕生日を迎えたときに、
「もうおめでたくない年になったけど。」
と言っていたのを思い出し、私はそれと同時期に育児をゼロから再スタートするんだなと思うと、我ながら大胆というか、怖いもの知らずだなと、笑うしかなかった。

 誕生日といっても、22日はアツロウは仕事で夕食も一緒には出来ず、何もない普段通りの一日を過ごした。普段通りどころか、この日は物事が思うように進まなかったくらいだ。和奈と淳弘二人をお風呂に入れるとなると、淳弘が寝てくれたタイミングで入るようにするのだけれど、この日はまぁグズグズと、なかなか眠ってくれず、結局ギャー泣きする淳弘を転がしておいて、和奈をお風呂に入れることになった。もう悪戦苦闘のテンヤワンヤで、自分のことはそっちのけだから髪の毛は水洗いしただけ、石鹸で洗ったままの顔でオムツ替えしてあやしたり、和奈のパジャマの着替えを手伝ったりしていると、もう顔にひびが入りそうなほどかぴかぴになってきて、嗚呼もーぅ!と言いたくなる気持ちを抑えて淳弘の世話をしながら、ぐずぐずする和奈にあれしなさいこれしなさい早く!と言っていた。ぶつぶつ言いながら淳弘を寝かしつけようとしている私に、だらだらしていた和奈が真っ赤な顔してやってきて、私を睨み付けて、たーたんあのね!と言う。
「何?早くチョッキ着なさい。風邪引いたらどうするの?」
とたたみかける私をまだ睨み付けながら、パジャマの上に着るはずのチョッキをぐるぐる振り回している。言いにくいことを言おうとしているのか、言葉が見つからないのか分からないけれど、あのね、あのね!とばかり。私はそれにさらにイライラが募って、何よ!?早く言いなさい。と言うと、
「たーたんはかっちゃんのこと、好きなの?」
と言う。ハ?大好きに決まってるでしょ!と冗談半分に睨み返した私を見て、突然ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、
「あのね!・・・・あのねえ!どっちが甘やかしてると思うの?あっちゃんとかっちゃんと、どっちが甘やかしてる?・・・・・い、・・・1日で、1日でかっちゃんとあっちゃんだったらね、どっちをたくさんだっこしてるの?あっちゃんでしょう!かっちゃんのことは全然抱っこしてくれないし!あっちゃんばっかり抱っこして!う・・・・うぇッ・・・・た、・・・たーたんは本当にかっちゃんのことが、エ・・・エ・・・ヒック・・・好きなの!?」
と、そこまで言うと、わーっと泣き始めた。
 それを見て、私は、嗚呼これ、知ってる。私にも、覚えがある。と思うと同時に、私も同じようにやった時の、親に向かって抗議している恐ろしさや、それでも言わずにはいられない、小さな胸が締め付けられるような悲しい想いを訴えた時のことを思い出して、私まで泣きたくなった。私は、自分まで涙をこぼして、更に和奈を怯えさせるようなことにならないうちにという気持ちで、怒ったように
「かっちゃん!ちょっと来なさい。ここへおいで。」
と、和奈を睨み付けた。わんわん泣きじゃくる和奈は、そのまま私のところへ来ると、私の膝に突っ伏して、「ごめんなさいぃ・・・うぅぅ。」
と言った。
「かっちゃん!お母さんね!・・・ごめんね。かっちゃんのこと、あっちゃんと同じだけ大好きよ。お母さん、2人のことが世界中の何よりも、お母さんの命よりも大切なものなん。かっちゃんのこと、どうでもいいわけないでしょう?お母さん、かっちゃんとあっちゃんの代わりに神さまに命取られることになったら、大喜びでどうぞって言えるよ。かっちゃんとあっちゃんより大事で好きなものなんて、お母さんにはないんよ。お母さんの、とっておきの宝物なん。あっちゃんは今一人で座ることも歩くことも、食べることも出来ないでしょう。お母さんがしないとオシッコもウンチも出来ないでしょう?かっちゃんがあっちゃんと同じような赤ちゃんの時、お母さんは今のあっちゃんよりもかっちゃんのこと、ずっとずっとたくさん抱っこしてたんやで。お母さんの初めての赤ちゃんで、ちょっと泣いても心配で心配で、なんで泣いてるのか分からないから、ずーっと抱っこしてたんよ。・・・・そんなん分かってるな・・・・ごめん。お母さん、悪かったな。・・・よし!じゃあ今日から毎日必ず抱っこするようにしよっか!お母さんこれから毎日かっちゃんのこと、大好きって抱っこすることにする。それでいいか?」
と言うと、和奈は私の膝の上でこくんと黙って頷いた。頷かれてホッとしたら、ダメだ。私のほうが泣けてきて、止まらなくなった。涙目の和奈がそれを見て、
「なんでたーたんまで泣いてるのよ〜!」
と笑った。

 やってしまった。確かに淳弘が生まれてから、和奈を抱っこするなんてことはほぼなくなった。めきめきと言葉の使い方が上手くなって、張り切ってお姉ちゃんぶりを見せてくれている和奈に、私は安心しきって淳弘の世話することに専念するようになっていた。「もうお姉ちゃんなんだから」というセリフは徹して言わないようにしてはいたが、それだけではダメだったのだ。和奈にすれば、赤ちゃんが生まれるからと、夏からお母さんは入院していなくなり、やっと帰ってきたと思ったら赤ちゃんと一緒で、なんと今までのように抱っこしてくれたりお膝の上に座らせてくれてご本を読んでくれたりすることが、ほぼ皆無になった。それどころか、何でも自分で出来ることはやるよう要求され、赤ちゃんを抱っこして動けないお母さんの手となり足となることまで求められるようになった。自分は今までと何ら変わってないのに、突然お母さんは変わってしまったのだ。彼女の中に混乱と不安が湧いて当然だ。それとは裏腹に、私の中では、和奈にはたっぷり5年間、愛情を一心に注いだのだから、もう大丈夫というような、勝手な充足感があって、赤ちゃんに専念する自分を認めて許してもらえるような気分があった。
 不安な気持ちを否定しながら、ここ2ヵ月、ずっと溜めてたのだ。でもここにきて、自分に対する愛情が失われたのではないと、確認しなければ、不安で不安でやりきれなかったのだ。淳弘が産まれてから、和奈へは愛情が伝わりにくくなってたんだなと初めて気付いた私。深く、反省。
 もう本当に夜遅かったけれど、時間をかけて、和奈に対する愛情が薄れたわけでは決してないことを話した。

 翌日から私たちはまた、おはようのハグに大好きの抱っこ、おやすみのキスを必ずするようになった。 すると、和奈の気持ちと態度が一気に落ち着いた。こんなに簡単で大事なことを、今まで普通にやってたことを忘れてしまってたなんて、自分でも驚きだった。同時に申し訳ない気持ちもどんどん大きくなった。こんなにも大切に想っていたのは、私だけではなかったのだ。彼女にとっても私という存在は、どうしようもないほどに特別だったのだ。そのことを知らせてくれたことは、今年の誕生日の、特別なプレゼントになった。